紫陽花の花に隠された歴史的な悲恋

東京はもうすぐ梅雨になりそうです。
この時期「紫陽花」がたくさん見れる。
個人的に、紫陽花は好きな花です。
無彩色な雨の日に鮮やかな色を見せてくれる。
雨に似合う花の代表ですよね。

「そろそろ梅雨になるね」
「紫陽花が喜ぶね」

「紫陽花って『おたくさ』っていうんだよ」
「へぇ〜、そうなんだ。どうして?」

「あのね、それには悲しい恋の物語があるんだ。聞きたい?」
「うん、聞きたい」

「『オタクサ』っていうのはさ、紫陽花の学名なんだ。名前をつけたのは、シーボルトっていう人」
「あ、知ってる。確か江戸時代に、長崎で医学を教えた人よね」

「そうそう、日本は鎖国してたんだけど、長崎の出島だけは海外との交易が許されていたでしょ。シーボルトはドイツ人でお医者さん。長崎に鳴滝塾を開いた人。医学だけじゃなくてシーボルトは、日本の植物にも興味があった。彼はさ、植物学者でもあったんだ。彼は長崎で美しい少女と恋に落ちてね。彼女の名前が『お滝さん』っていう名前だった。お滝さんは彼の日本人妻だったんだ」

「へ〜、そうなんだ〜」
「ねえ、シーボルト事件って知ってる?」
「なんか日本史で習ったけど、忘れちゃった」

「シーボルトが帰国するとき、荷物のなかに日本地図とかの輸出禁制の品目があったので国外追放になっちゃった事件なんだけどさ、国外追放だからもう日本には来られなくなっちゃったんだ。お滝さんとももう二度と会えなくなった」

「かわいそうね〜」
「でもシーボルトは帰国する時に、お気に入りの『あじさい』を持っていった。そしてその名前を長崎の忘れられない女性『おたきさん』の名にちなんで『おたくさ』と紹介して、それで紫陽花の学名をハイドランジア・オタクサというんだよ」

「美しく悲しい恋物語なのね〜」
「シーボルトのおかげで、『おたくさ』は、ヨーロッパ中に広まったんだ。今でも人気がある花なんだよ」

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北海道釧路生まれ。明治大学卒。著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。経営者、ビジネスリーダー向けに「エクスマ塾」を実施、塾生はすでに1000名を超えている。著書は、海外にも翻訳され30冊以上出版。座右の銘「遊ばざるもの、働くべからず」
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